システムイノベーション

システムイノベーション

システムイノベーションについて

(1) システムイノベーションと第四次産業革命

最近Google、Apple、 Facebook、Amazon(GAFA)、UberなどによるITを基盤技術とした新しいビジネスが大成功をおさめ、社会に大きなインパクトを与えている。これらの成功の原因を新しい「ビジネスモデル」にあると捉える人が多いが、一歩踏み込んでこのビジネスの実体を考えてみるとビジネスを担う卓越した革新的な「システム」の存在が浮かび上がってくる。これらの企業が生み出したイノベーションは、新しい「システム」の構築によって実現されたものである。その意味でGAFAらが実現したイノベーションはシステムイノベーションとよぶことができる。このイノベーションを、ビジネスの枠を超えて製造業、サービス業を含む広い意味での生産活動全域に拡大しつつあるのが第4次産業革命である。

実はシステムイノベーションの歴史はITの世界よりもずっと古く、重工業の時代から挑戦されてきた。おそらくその最初の顕著な事例は19世紀末のエジソンによる送配電網の建設と、20世紀初頭のフォードによるコンベアの流れ作業による自動車の製造であろう。前者は誰もが好きな時に好きなだけエネルギーを動力源なしに使うことを可能にし、後者は自動車の価格を半分に下げ全米にモータリゼーションの波を引き起こした。どちらも、目標をシステム化として全体的に把握し(システム思考)、さまざまの課題を克服して設計・実装し(システム構築)、それを円滑にしかも効果的に運営管理した(システム運用)。

以来システムイノベーションという言葉こそ使われてこなかったが、システム構築がキーテクノロジーとなって実現したイノベーションは、コンピュータ、品質管理、オートメーション、宇宙開発、インターネット、GPSなど数多い。システム化は技術と社会を結びつける際に必ず必要となるステップであり、システム化の進み具合が技術の成熟度の指標になってきたともいえる。その結果、「システム」は科学技術の世界で頻繁に使われるようになり、今では企業の組織名、製品名、作業の方法、プロジェクトの名称などいたるところで「システム」という言葉を目にするようになった。「システム」は何にでも使えるありふれた日常語となり、それが本来持っていた技術的・社会的なインパクトが忘れられる傾向にある。

(2) 増大する複雑性と不確実性に対抗するシステム化

しかし今世紀に入ってシステムの意義をあらためて問い直さなければならない時が来た。センサー、計算機、通信などの著しいITの発達やバイオ、ナノ、AIの画期的な進歩は、技術による社会的な課題解決の可能性を格段に高めており、あらゆる場面で、これまではとても描くことのできなかった、システム化の推進を加速度的に促進させる時期に来ていることを物語っている。その意味で、「システムの時代」の到来である。技術を社会に接地させるためには、人間的・社会的・技術的な俯瞰の下にあるべきシステムを発見しなければならない、そして、多様な社会の複雑性と激変する環境の不確実性を克服するシステムを構築・運用する新たなシステム化の時代に直面している、と我々は考える。

劇的に増大する複雑性、不確実性に対抗するには卓抜した武器と心構えが必要である。それなしには研究開発も、企業の経営も、国の施策も成功がおぼつかない時代に入ったのである。

日常語のシステム化ではなくて、複雑性、不確実性への強力な武器となるシステム化が求められている。システム化は冒頭に述べたシステム思考、システム構築、システム運用の総称である。

【補足】

(1)システム思考は課題を考える視点をなるべく高くし全体を俯瞰できる位置に立って、課題を構成する要素・要因の間の複雑な相互関係の本質を客観的に分析把握しようとする思考の規範である。それを絶えず意識することによって知らず知らずのうちに抱え込んでいる個人の狭いマインドセットから解放され、課題をさまざまの異なる視点から見ることを可能とする。

(2)システム構築は、ステークホルダー間の調整に留意しつつ目的を定め、この目的を達成するように必要な要素を見つけ出してこれらを合理的効率的に繋ぎ合わせ、各要素の局所的な部分最適に陥ることなく全体最適を実現することである。

(3)システム運用はシステムのユーザと密接に対話を行いつつ、競合システム・法規の変化などシステムの運用環境の変化に迅速に対応し、システムを進化させることを通してシステムの持続可能性を保証していくことである。

システムイノベーションの必要性

目を日本に転じると、日本はものづくり大国として生産技術のイノベーションに多大な貢献をしてきた。日本がリーダシップをとったイノベーションも少なくない。しかし、システムイノベーションでは高度成長期ではいくつかの顕著な実績があるが、最近では振るわない。特に冒頭に述べたGAFAなどによるITを要素技術としたシステムイノベーションや、Industry4.0における壮大なシステム化の実現には遅れを取っており、経営や流通、サービスなどシステム化が重要な価値の源泉となっている分野でも、システム化は未成熟の状態にある。

その原因はいろいろ考えられるが、主なものとして1980年代において日本の工業製品が完成品単独の性能の差別化に成功し世界を圧倒したことが挙げられる。卓越した要素技術の力が直接収益に結びついたこの時代の成功体験とそれが生み出した慣性が未だに日本の製造業を支配し、要素技術第一主義の文化から抜け切れていない。もう一つは日本の社会で産・官・学を通して縦割りの思考形式と行動様式が細部まで貫徹し、それぞれの専門、職能、組織、企業、業種で閉じた「部分最適化」が追求され推奨される傾向が社会の隅々までいきわたっていることである。多くの異なる価値観を総合し、様々な専門技術・要素技術をスムーズに接続し、全体の協調と調和が生命力であるオーケストラのようなシステムを作り出し運用する上で、縦割りの部分最適化に固執する文化は大きな障害になる。

我々は一昨年から昨年にかけて経済産業省の依頼を受けて、日本におけるシステム化が遅れている原因の調査を行った。この調査は上に述べたことを裏付ける結果となった。詳細は省くが、端的に言えば現代技術の目指している価値実現の方向が徐々に変化し、その結果これまで日本の技術が蓄積してきた強みが生かせなくなってきただけでなく、強みがむしろ弱みに転嫁しつつあるということの指摘である。日本の技術の競争力低下の様々の要因を製造業からサービス業、経営、流通などの広い分野にわたって掘り下げていくと、その原因が最終的には広い意味でのシステム化の遅れに帰着されることをわれわれは認識させられた。このままでは日本の技術の国際競争力の低下はますます進むとの強い危機感を調査に当たったわれわれは共有した。詳細は資料[1]を参照されたい。特にドイツで進行しつつあるIndustry4.0は新しいシステム化の手法をベースに製造業と製造技術を再構成しようとする野心的な試みで、その動向を見据えて対応戦略を確立する必要がある。

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